とっぷりと日の暮れた、学校からの帰り道。
津止 孝道は、また、見たくもないものを見てしまった。
いかにも神経質そうに眉を僅か寄せて、少し違うか、と思う。
それを見たくないのではなく、見えるのに大したことはできない自分が嫌なのだ、恐らくは。
(しかし……妙だな)
今日見えてしまったそれは、今まで目にした『彼だけに見えるもの』とは少し様子が違っている。
胸を刺す違和が、今目に見えるそれがこちら側を脅かす危険をはらんだものだと告げていた。
普段は見て見ぬふりをしているそれへと、緩く一歩を踏み出す。
歩を進めたとて何ができるかはわからないが、慎重と臆病は違うと、そう胸に断じて。
◇
空の色は甘く蕩けるようなストロベリーソーダ。
パステルカラーの小花が咲き乱れる野っ原を、年の頃は高校生ほどに見える華奢な少女がずんずんと行く。
その後ろには彼女よりも一回りは年上の鍛えられた体躯の男が続いていたが――その足取りは覚束ない。
くるり、少女が男の方を振り返る。
愛らしい顔には、厳しい表情が浮かんでいた。
「もうっ! 何でついてきたのよ一閃お兄ちゃん!」
「お前が、供も連れずに出るというから……放っては、おけなくて」
苦しげな声でそう告げられて、少女は益々眉を吊り上げる。
「そんなこと言ったって、ついてきたって何もできないくせに! お兄ちゃんは『これ』でいっぱいいっぱいなんだってこと、ういだって知ってるんだからね! メーワクなの!」
「……それでも、初、お前をひとりにはしておけない」
真摯な声でそう言い返されて、初と呼ばれた少女は唇を噛み締めるとぷいと顔を背けた。
その足元を、白い毛玉のような小動物がちょこちょこと縫っていく。
巨大な苺や宝石のオブジェの向こうにふわふわと浮かんでこちらの様子を窺うキュートなぬいぐるみたちを、初は苛立ち紛れといったふうでキッと睨みつけた。
上空を漆黒の翼で舞う黒衣の騎士たちだって、今の初にとっては邪魔くさくて仕方がない。
『彼女』が愛でる世界を初だって愛しているけれど、あの黒い忠良な騎士共が自身の失態を報告するのを心待ちにしているかと思うと、初の心は嫌でも逆立つのだった。
「とにかく! せめて邪魔はしないでよね!」
言って、初は視線を甘やかな色の森の向こう、綿菓子の雲をつく青々として美しい巨大樹へと移す。
遠目に見えるは、不死鳥でも捕えるために拵えたのかと思われるような大きさの、凝った意匠の白亜の鳥籠。
――尤も、苺の蔦が絡まる愛らしい鳥籠の中で眠っているのは麗しい不死鳥ではなく、初には理解の及ばない理由で彼女の主人のお気に召した、辛気臭い顔をした中年の侵入者なのだけれど。
(クローネ様は、あのおっさんの一体どこを気に入ったっていうのかしら)
そんなことを思って初がため息を漏らした、その時である。
初の背後で、グルルルルルと獣の唸る声が、聞こえた。
瞬間、辺りの風景がぐらりと揺らぐ。
「っ、初!」
「……騒がないでよ、一閃お兄ちゃん」
初の口元が、ここに来て初めて笑みの形に綻んだ。
振り向けば、巨大な黒豹の背に鷲の翼が生えたような異形の獣の姿。
初は、翼ある獣へと、にっこりとして極上の笑顔を向けてみせる。
「怖がらなくていいわ。ほら、お食べ」
差し出した手のひらの中には、ころりと愛らしい苺が一粒。
飢えていたのだろうか、獣はいかにも嬉しげに、大きく口を開いた。
◇
「初、バケモノ退治は順調かしら?」
初が一閃と呼ぶ男の肩に、1羽のカラスが舞い降りる。
気だるげな声に一閃は表情を強張らせ、初は彼とは対照的にその顔をぱああと華やがせた。
「はい、クローネ様! じきに、全ての翼獣があの世行きです!」
その言葉の真偽を確かめるように、一閃の肩の上からすいと視線を巡らせるクローネ。
野っ原には、黒豹に似た獣の死骸が幾らともなく転がっていた。
あるものは身体中を刃物に抉られて、あるものは喉をナイフで一突きにされて。
「ふぅん、結構なお手並みじゃなぁい、私の可愛い右腕さん? ……でも、こっちはもういいわ」
新しい侵入者の姿が確認されたのだと、クローネは忌々しげに唸った。
「騎士たちが教えてくれたのよ。翼獣だけでも迷惑だったのに、あのおっさんが入ってきたお陰で入口が緩くなったみたいね。そいつらと殺し合ってくれた方が美味しいから、翼獣は捨て置いて頂戴」
その代わりに新しい侵入者たちを退治するのが初の新しい仕事だと、魔性のカラスは高らかに歌う。
初は、その言葉に瞳をきらと輝かせた。
「任せてくださいクローネ様! ういの力を変えてくださったのは、クローネ様ですもの!」
「頼もしいわねぇ。初、『あの森』へ向かいなさい。奴らはきっと、あの樹を目指そうとするから」
わかりました! と答えるや否や、初はその胸元に白亜の鍵を煌めかせて走り去る。
初、とその背に呼び掛けようとすれば、一閃の肩を掴む力がぐいと強くなった。
ただ見送ることしかできないままに、初の姿は景色の彼方に溶けて消える。
それを見計らったかのように、クローネは一閃を解放した。
空中にゆるりと舞い、甘ったるく囁くことには。
「追い掛けてもいいのよ、一閃。可愛い初が心配なんでしょう?」
「っ……」
「聞いてたでしょ、あの子は森へ行ったわ。野っ原に降りたことはなくても、地図は頭に入ってるわよね。あの樹を目指すのに一番近道なのは、さあ、どこを通るのだったかしらねぇ?」
その言葉を全て聞き終える前に、一閃はやはり頼りない足取りで、それでも真っ直ぐに走り出す。
疑うことを知らない――若しくは自分の言葉を疑って掛かる気力も残っていない愚かしいその背中を見送って、クローネはいかにも可笑しげにくつと喉で笑った。
「一閃、あんたを初と一緒に居させたくはないのよ。愛しい愛しい初が『人間』を傷つけるところなんて見てあんたの心が揺らいだら、困るのは他でもない、私なんだから、ねえ?」
だから、ぐるぐる、ぐるぐると森の中を彷徨えばいい。
全てが終われば、疲れ果てたあんたを優しく迎えに行ってあげるから。
「――そう。初もあんたも、私のこの完璧な世界を守るための駒でしかないんだもの」
羽ばたき一つ、クローネは己の居城を目指して遥か飛翔する。
遠くに見えるは、菓子職人が精巧に作り上げたような、苺ケーキを思わせる城の尖塔だった。
お世話になっております、巴めろと申します。
このページを開いてくださってありがとうございます!
こちらは、乙女チックな異世界の謎に迫るシリーズシナリオとなっております。
皆様のアクション次第で多少の変動は起こり得ますが、全3話程度の予定でございます。
津止先生やクローネの秘密に触れることもできるかも……?
第1話の概要
津止先生が異世界に足を踏み入れた影響で現実世界と異世界の境界が緩くなったようで、
PC様たちもやたら乙女チックな異世界へと誘われてしまいました。
なお、津止先生が異世界に入り込むことができた理由は現状謎となっています。
第1話は世界樹へ向かいクローネたちによって囚われた津止先生を救出することが一応の目的となっていますが、
世界樹をどうにかしてお城への道を切り拓くことや異世界の情報を収集することも、
本シナリオ及び第2話以降に大きな影響を及ぼし得ます。
目的達成に力を尽くす他、異世界を探索するなどのアクションも勿論OKです。
戦闘もありますがアクション次第では回避も可能&探索によって得るものも大きいですので、
もれいびじゃないけど異世界を探索したい! という方もお気軽にご参加いただけますと幸いです。
必ずしも採用できるとは限りませんが、得た情報を元にした推理なども大歓迎です。
推理の内容次第では、その後の展開を大きく転じさせることも可能となっております。
PC様の冒険のスタート地点は後述の世界樹を遠くに臨む丘の上となっております。
丘→野っ原→世界樹を囲むようにして分厚い森→世界樹という感じです。
また、クローネのいるお城への道は野っ原から続く一本道のようですが、
世界樹の根のせいで今は向こう側へと進むことはできません。
なお、PC様たちは突然異世界に飛ばされてしまいましたので、
その状況で持っていて不自然な物の所持・使用は採用できない場合がございます。
また、ガイドやマスコメには物語開始時にPC様が知り得ない情報が多く含まれており、
PC様が知り得ないことを知っている前提でのアクションは採用いたしかねる場合がございますが、
アクション内でPC様が知っている情報に落とし込むなどの工夫をしていただけますと、
リアクションでの行動採用率がぐんと高くなるかと思います。
シナリオ開始段階でPC様が知り得ない情報はこの色で記載しておりますので、
アクションを練る際の参考にしていただけますと幸いです。
異世界について
ストロベリーソーダ色の空、どこまでも続くように見えるパステルカラーの小花に溢れた野っ原。
野っ原に所々点在するのは、人の身の丈ほどもある宝石や苺のオブジェ。
そびえ立つは生命力に溢れた世界樹と、苺をモチーフにしたキュートなお城。
見渡す限り、ガイドにあるような乙女チックな光景が広がる世界で、
PC様たちを始めとする乙女チックな要素のないものは、この世界では酷く異質に映ります。
また、そこに存在するものは見た目はともかく危険な性質を持ったものが多いようですが……?
世界樹を目指す方法
世界樹を目指す方法は主に3つあります。
以下のABCのどれかひとつを選んで、
必ず「キャラクターの行動」欄の冒頭に【A】【B】【C】と記入してください。
また、その他の方法で世界樹を目指す場合は【D】とご記入くださいませ。
必ずしも成功するとは限りませんが、チャレンジ大歓迎です!
なお、世界樹を目指さないという選択肢もアリとなっております。
その場合は【E】と「キャラクターの行動」欄の冒頭にご記入ください。
【A】宝石の森を通っていく
宝石でできた草木に彩られた森を抜ければ世界樹の麓です。
とても美しい森ですが生育する植物は鋭利なものが多く、触れると危険です。
後述のお菓子の森よりも深いですがペリドットの小道が森の出口まで続いているので、
結果としてはお菓子の森よりも世界樹への近道となっています。
このことは、この辺りの地理に明るい者ならよく知っているでしょう。
【B】お菓子の森を通っていく
まるでお菓子でできたような草木に彩られた森を抜ければ世界樹の麓です。
見た目に反して大抵の物は食べられたものではありませんし、食べられる物も美味しくはありません。
見たところ宝石の森よりも浅い森ですが、およそ道というものが存在しません。
また、漂う甘ったるい香りは森を行く者の方向感覚を狂わせ、脱出は中々に困難です。
めったなことでは森に異世界の生き物は近づかず、
基本的には砂糖菓子でできたような小鳥だけがこの森を出入りしています。
【C】翼獣に乗っていく
後述の翼獣の背に乗っていけば、森をとび越えて世界樹の麓までひとっ飛びです。
但し、翼獣は人間を恐れ凶暴になっており、手懐けるには何かしらの工夫が必要になるでしょう。
【D】その他の方法で世界樹を目指す
【E】世界樹を目指さない
異世界の脅威について
○毛玉
真っ白の毛に包まれたつぶらな瞳の小さな生き物。サイズはハムスターくらい。
その毛はふかっふかに見えますが、触れると何故だかチクリとします。
うっかり触れてしまうと一時的に身体のどこかがランダムで麻痺して行動に支障をきたします。
積極的にこちらを狙ってくることこそありませんが、
生息数が多く避けるのが困難な場合もあり得るかもしれません。
お菓子の森以外の異世界の各所に生息しています。
○吸血ぬいぐるみ
空をふわふわと飛ぶ可愛いぬいぐるみたち。種類は様々です。
見た目こそラブリーですが、性質は凶暴でPC様たちに積極的に襲い掛かってきます。
彼らに噛みつかれると傷口がズキズキと痛むだけでなく、
傷口から毒が入り、噛まれてから長くて数分ほど、一時的に思考力が著しく低下してしまいます。
ここがどこで、自分の目的が何かをものすごーく考えてやっと思い出せるくらいですが、
他の刺激を受けることで、正常な思考を取り戻すことも可能なようです。
完全にクローネの支配下にあるわけではありませんが、
彼女を恐れているようで、クローネや彼女の眷族たちを襲うことはありません。
世界樹周辺及びお菓子の森以外の異世界の各所に生息しています。
○黒い騎士
背中を彩る漆黒の翼が特徴的な、揃いの黒い騎士服を身に纏った美男子たち。
背中の翼で空中を自在に飛び回り、手にした鋭い槍で攻撃を仕掛けてきます。
実はそんなに強くありませんが、大人数での行動が多く数の暴力は大変な脅威です。
現状理由は不明ですが、心臓部以外の場所には触れることができないため、
その場所以外への攻撃は何故だか一切効果がないようです。
また、人の言葉を喋ることはできないためコミュニケーションを取るのは非常に困難。
知能もあまり高くないようですが、クローネの忠実な手下たちで彼女の命令は絶対です。
かなりの数がおり、異世界中でその機動力を生かし主命を果たさんと力を尽くしていて、
後述の世界樹や初を守ることも一部の騎士たちの役目です。
なお、この異世界で起こったことは、彼らによって全てクローネに報告されます。
○翼獣
獅子ほどの大きさの黒豹に似た獣。背中には鷲の翼が生えています。
野っ原にその姿を見かけることができますが、
刃物で傷つけられた個体も見られ、野っ原には彼らの死体が幾らも転がっています。
人間の言葉こそ喋れないもののそれなりに高い知能を持つようですが、
仲間を傷つけられたせいか警戒を強くしており、打ち解けるには工夫が必要。
無暗に近づけば、その鋭い牙や爪が襲い来ることになるかもしれません。
ですが、心を通じ合わせることができれば、異世界での心強い味方になるでしょう。
人間を1人、やや不安定になりますが頑張れば2人まで背に乗せて空を飛ぶことができます。
現実世界には存在しない獣ながら、乙女チックな外見ではありませんが……?
○犬杜 初(いぬもり・うい)
詳細不明の高校生くらいの少女。もれいび。
その他、異世界に存在するものたちについて
○野っ原
パステルカラーの小花が咲き誇る広々とした野っ原。
○世界樹
異世界の象徴のようにして位置する、高層ビルのように巨大で立派な樹。
葉が茂る部分は淡く金色の光を放っており、薄桃色の睡蓮に似た花が幾らも咲き誇っています。
後述の鳥籠は、この世界樹の枝に吊るされています。
また、世界樹の周囲は宝石の森とお菓子の森にぐるりと囲まれています。
樹自体が意思を持っており、根を用いてお城への道を守っているようですが、
そちらへと力を割いているために世界樹本体の能力はやや低下しています。
但し、それでもとにかく頑丈で攻撃が非常に通りにくく、ろっこんも効きにくいです。
枝を自由にくねらせて、捕えた獲物のエネルギーを吸い取るのが主な攻撃方法です。
また、樹には毛玉が住んでおり、ぼたぼた落ちてくるのでこちらも危険です。
黒い騎士たちもクローネの命令で世界樹を守っているようです。
○世界樹の根
お城への一本道を塞いでうねうねしている世界樹の根たちです。
動きを感知してクローネを除く近くで動くもの全て(空を飛ぶものも含む)を絡め取り、
エネルギーを吸い尽くそうとしてくる非常に危険な植物です。
とても強力でおよそ攻撃というものを受けつけませんが、
世界樹本体を弱らせることで世界樹の根も力を失うようです。
○白亜の鳥籠
世界樹の枝に吊るされた繊細な意匠が美しい大きな鳥籠。
例によって苺の蔦が絡まり乙女チックな様相で、中に津止先生が囚われています。
鍵穴が存在しないように見えますが鍵が掛かっているようで、扉はそのままでは開きません。
また、格別頑丈なことに加えろっこんを無力化する不思議な力があるようです。
○苺のお城
苺ケーキを思わせるとてもメルヘンチックで立派なお城。
そこへと続く唯一の道は世界樹の根に阻まれており、今は近づくこと叶いません。
○翠玉の葉
宝石のように煌めく植物の葉の部分。エメラルド色で、刃のように鋭利な形状です。
野っ原に点在する苺や宝石のオブジェの陰や、宝石の森に群生しています。
見惚れるほど美しくも剣の切っ先のように鋭く硬質で、
無防備に触れると傷を負うことは避けられません。
工夫次第で何かに利用できるかもしれませんし、逆に敵に利用されるかもしれません。
○紅玉の実
宝石のように煌めく植物の実の部分。ルビー色で、形は木苺に似ています。艶やかでとても美味しそう。
野っ原に点在する苺や宝石のオブジェの陰や、宝石の森に群生しています。
但し、摘んでから5秒ほどで爆発を起こします。
爆発の規模はそこまで大きくありませんが、危険であることに変わりはありません。
工夫次第で何かに利用できるかもしれませんし、逆に敵に利用されるかもしれません。
○苺ミルクの小川
野っ原の端の方を延々と流れる、苺ミルクのような淡いピンク色の小川。
口にすると、程度は喉を通してしまった量によりますが、意識を朦朧とさせてしまう危険な毒です。
致死性こそありませんが、大量に摂取するとそのまま意識を失ってしまう模様。
なお、津止先生はこの水を飲まされて一時的に気を失っているようです。
登場NPCについて
○クローネ
寝子島で暗躍しているあのクローネですが、PC様たちはこの世界に彼女がいることを知りません。
侵入者たちのことは初たちに任せて、お城でゆったりと寛いでいます。
○犬杜 一閃(いぬもり・いっせん)
鍛えられた体躯の背の高い男。年の頃は20代後半くらい。詳細不明。
○犬杜 初
《異世界の脅威について》の項目をご参照願えますと幸いです。
○津止 孝道先生
何らかの方法で異世界に入り込みましたが、クローネに捕まってしまいました。
一時的に意識を失った状態で白亜の鳥籠に捕えられています。
寝子島高校の一音楽教師のはずでしたが、何やら隠された秘密がある様子……?
何だか謎がいっぱいですが、皆様のアクション次第で色んなことがわかってくるかと思います。
それでは、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします!